THE ENEMYと過ごした10年

 THE ENEMYというバンドは、当時アークティック・モンキーズにもクラクソンズにもハマれずイギリスの洋楽シーンから疎外感を感じていた(そして同時にそのときのわたしは学校生活というものに嫌気が差していた)高校生のわたしを夢中にさせてくれたバンドだった。彼らの叫びは、言葉は、唄は、なによりもわたしを勇気づけてくれた。
 「ここから逃げ出したい」、「この街で生まれ、この街で死んでいく」という彼らの詩に込められた閉塞感とそれを打ち破らんとする音のエネルギーが好きだ。このエネルギーを感じさせるバンドは他にもいるけれど、どれもわたしのリアルタイムではなかった。だから、はじめて、リアルタイムでこんな熱量を持ったバンドに出会えたことが、わたしはたまらなく嬉しかった。初来日の07年のサマーソニックで、マリンステージのトップバッターだった彼らの堂々としたパフォーマンスを観て、炎天下の最前付近でもみくちゃにされながらも、わたしは生まれて始めて体験するライブが彼らでよかったと心底思った。07年12月のブリティッシュ・アンセムズを除く日本での公演は全て行ったし、09年の渋谷のクアトロの単独でダイブしてきたアンディを受け止めたことは昨日ことのように思い出せる。

 アルバムだっていつも予約して輸入盤と日本盤の両方を買った。他にここまでしたバンドは他に殆どない。それくらい大好きなバンドだ。去年リリースされたアルバム、The Automaticはそれまでの彼らの音楽を全て包括して昇華させたような、とびきりスケールの大きい素晴らしいアルバムで、また最初のサマーソニックのときのようなスタジアムで観たいと思わせる力があった、のに。そんな矢先の解散宣言。心に穴がぽっかりと空いてしまった。解散の理由が、メンバーの不仲でも、音楽性の違いでもなく、「アルバムが売れず、次の作品を作れない」(もちろん他にも病気や家庭の事情もあるのだけれど)というのが、最も悲しかった。

 わたしはどうすればよかったのだろう、とずっと考えてしまう。わたしにできる応援は全てやったつもりだった。わたしは、アルバムを買うことが、ライブに行くことが、つまり、アーティストにお金を落とすことこそが最大の敬意だと思っている。だから、輸入盤を購入するだけでなく、日本盤も購入した。それは彼らを応援するためだった。それでも足りなかったのだと、自分の無力さを思い知った。最後のアルバムは、とうとう日本盤さえ出ることがなかった。どうしようもなく悲しくて、なにもできなかった自分が悔しかった。だからせめて、最後に彼らに会いに行こうと思った。それが、わたしの、彼らのファンとしての責務だと思った。

 そうして観に行った9/7のマンチェスター公演はほんとうに素晴らしかった。わたしが観てきた彼らのライブのなかで最もエネルギッシュで、パワフルなパフォーマンスだった。わたしの思い入れの強い1stアルバムを中心にしたセットリストは、どうしようもなく胸に響いた、と同時に堪らない悲壮感もあった。それは、彼らもまた、多くの00年代のイギリスのバンドにあった、1stアルバムの呪縛、というものから逃れられなかったのかもしれないと、思ったからだった。推測でしかないけれど、彼らのファンの多くが求めているのは、あの1stアルバムに込められたエネルギーだったのではないかと思うのだ。マンチェスター公演で、最も声援の大きかった曲は、this songであり、we'll live and die~であり、away from hereだった。そして、なによりわたしもまた、そのエネルギーを求め続けていたひとりであったから。なんとなく、彼らが解散を選んだ理由が、わかってしまった気がした。
 でも、わがままだとわかっているけれど。それでも、やっぱり続けて欲しかった。もちろん、あの1stアルバムに込められた熱をわたしは愛している。けれど、2ndアルバムで見せたブリティッシュ・ロックに対する愛と知性も、3rdアルバムで見せたキャッチーさとロマンチックさも、4thアルバムで見せたスケールと未来への大いなる可能性も、わたしはすべて愛している。まだ聴きたい曲がたくさんあった。これから先にあったはずの新曲だって聴いていたかった。なにがあっても、どんな風であっても、わたしはこれからも彼らの音楽を愛し続ける自信があった。何故なら、彼らのバンドとしての成長と共に、わたしも成長してきたから。リアルタイムである、というのはそういうことなのだと、すべて彼らが教えてくれたのだ。
 いつかまた、彼らに会えると信じて生きていくことだけは許されたい。ありがとう、そして愛してる。わたしのこの10年は紛れもなくTHE ENEMYと共にありました。